震災支援第一陣帰熊
東日本大震災被災者支援活動 第一陣 4000kmの旅下記のとおりです。
熊本益城町5月20日15:00被災地に向けて出発
5月21日14:00石巻ボランティアセンターにて打ち合わせ
気仙沼到着19:00車中仮眠
朝市会場5月22日3:00炊き出し300食 青森のりんご配布2箱
炊き出し終了後 気仙沼 南三陸の被災地視察
石巻ボランティアセンター経由 黄金浜会館現地確認
黄金浜会館5月23日9:20ラーメン炊き出し340食
結トレック2名 付近の個人宅訪問支援活動約2時間30軒
14:303名で女川被災地視察
石巻ボランティアセンター5月24日11:15ボランティアの人たちに360食提供
結トレック2名 付近の個人宅訪問支援約活動2時間20軒
保育所2件訪問
仙台5月25日9:001号車熊本に向けて出発
9:002号車仙台 塩釜 松島 東松島 視察
15:002号車熊本に向けて出発
熊本益城町5月26日17:00帰着
今回の支援は 九州ラーメン党を核として 結トレック 個人参加者 計8名で被災地に向かい
気仙沼の朝市 石巻渡波(黄金浜会館) 石巻専修大学構内 の3箇所で計1000食の
ラーメン炊き出しを行った。
そのほか 結トレックの2名は 移動途中や炊き出しの合間を使って 兵庫県のチーム提供の
エコたわしを配布しながら 70軒の個人宅訪問 2箇所の保育所を訪問し支援活動を実施した。
総走行距離約4000kmという遠隔地であること 現地を知るメンバーがいないという事情もあり
タイムロスも少しあったが 現地BC の手を借りることもでき 比較的スムースに
予定の支援活動を行うことができたと思う。
※ 現地の必要とする支援は日を追うごとに変化する 災害発生当初はまず身の安全の確保
翌日からは 第一に食 第二は衣類 第三は住環境(寝る所) そしてライフラインの
確保と進む。 一月 二月と時間の経過とともに ライフラインが復旧し始め 店舗も少しずつ
開き始め 道路の瓦礫も片付くと 買い物の足が必要となる。 しかし 車両の多くは
津波で流されまたは冠水で使えない。 現状もとめられているのは自転車との話が出た。
また被災地に寄るのだが ノートやエンピツすら入手困難という所もあった。
※ 今 被災者は復興に向けて 1歩踏み出そうともがいている。
マスコミのうわべだけの偏った報道が 彼らの足を引張っているかもしれない。
※被災者たちの要望として
「熊本に帰ったら 見たこと 聞いたこと 感じたことを ありのままを伝えてほしい」
この言葉に現地入りした私は大きな責任を感る。

今回支援のため現地入りのメンバーです

津波の威力 車が逆立ちに

指差す先には 仮埋葬された遺体が横たわっている。 合掌!!
女川町立病院にて
熊本益城町5月20日15:00被災地に向けて出発
5月21日14:00石巻ボランティアセンターにて打ち合わせ
気仙沼到着19:00車中仮眠
朝市会場5月22日3:00炊き出し300食 青森のりんご配布2箱
炊き出し終了後 気仙沼 南三陸の被災地視察
石巻ボランティアセンター経由 黄金浜会館現地確認
黄金浜会館5月23日9:20ラーメン炊き出し340食
結トレック2名 付近の個人宅訪問支援活動約2時間30軒
14:303名で女川被災地視察
石巻ボランティアセンター5月24日11:15ボランティアの人たちに360食提供
結トレック2名 付近の個人宅訪問支援約活動2時間20軒
保育所2件訪問
仙台5月25日9:001号車熊本に向けて出発
9:002号車仙台 塩釜 松島 東松島 視察
15:002号車熊本に向けて出発
熊本益城町5月26日17:00帰着
今回の支援は 九州ラーメン党を核として 結トレック 個人参加者 計8名で被災地に向かい
気仙沼の朝市 石巻渡波(黄金浜会館) 石巻専修大学構内 の3箇所で計1000食の
ラーメン炊き出しを行った。
そのほか 結トレックの2名は 移動途中や炊き出しの合間を使って 兵庫県のチーム提供の
エコたわしを配布しながら 70軒の個人宅訪問 2箇所の保育所を訪問し支援活動を実施した。
総走行距離約4000kmという遠隔地であること 現地を知るメンバーがいないという事情もあり
タイムロスも少しあったが 現地BC の手を借りることもでき 比較的スムースに
予定の支援活動を行うことができたと思う。
※ 現地の必要とする支援は日を追うごとに変化する 災害発生当初はまず身の安全の確保
翌日からは 第一に食 第二は衣類 第三は住環境(寝る所) そしてライフラインの
確保と進む。 一月 二月と時間の経過とともに ライフラインが復旧し始め 店舗も少しずつ
開き始め 道路の瓦礫も片付くと 買い物の足が必要となる。 しかし 車両の多くは
津波で流されまたは冠水で使えない。 現状もとめられているのは自転車との話が出た。
また被災地に寄るのだが ノートやエンピツすら入手困難という所もあった。
※ 今 被災者は復興に向けて 1歩踏み出そうともがいている。
マスコミのうわべだけの偏った報道が 彼らの足を引張っているかもしれない。
※被災者たちの要望として
「熊本に帰ったら 見たこと 聞いたこと 感じたことを ありのままを伝えてほしい」
この言葉に現地入りした私は大きな責任を感る。

今回支援のため現地入りのメンバーです

津波の威力 車が逆立ちに

指差す先には 仮埋葬された遺体が横たわっている。 合掌!!
女川町立病院にて
by sen1949 | 2011-05-31 23:55 | 震災関連 | Trackback | Comments(0)

