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カテゴリ:震災関連( 21 )

震災5か月

 4月14日 一回目の大地震  そして二日後  予期せぬ二度目の大地震に見舞われ
多くの方が被災されました。 熊本市 益城町 南阿蘇村 西原村 御船町・・・
断層に沿った多くの町や村は壊滅の集落が出るほど 大きな揺れでした。
 
 KISSの皆さまはいかがでしたでしょうか?
5か月たって復興の動きも加速し始めていますが まだ数百人の方々が避難所暮らしを強いられています。 仮設住宅もかなり完成し入居もされていますが なぜこんなに時間がかかるのでしょうか?

 経験のない予測のできない事態に直面すると パニックになり自分の行動ができなくなる。
人の指示に従って または人の動きを見て追随する 流言飛語に惑わされ余計な心配をしてしまう人も・・・  時間が経過してふと我に返ったとき 自ら行動してきた人との間に大きな差が生じていることに気づく。  不満をぶつける先はどこなのか? 「行政批判」
しかしその行為が 復興を遅らせていることを考えてほしい。

 このような事態は二度と起きてほしくはないが 形を変えて私たちに襲い掛かってくることは避けられません。  その時は 今回の経験が生きることでしょう!
普段からの 心と物の準備ができていれば それほど慌てることもない。
下を向いて逃げるだけでは 何も解決しない。
支援を待つだけでは 復旧はしない。
危機的な初期の儒教が過ぎれば 前を向いて行動する と同時に 遠来の協力者を受け入れることが大切。 今回は初動に大きな失敗があり 得られるはずの協力が半減してしまった。
その結果復興の歩みが非常に遅くなっている。

 5か月という節目もう一度振り返って 自分の行動を確認してほしい。

by sen1949 | 2016-09-14 10:32 | 震災関連

2012-7-11~ 集中豪雨


2012年7月12日
先週降った雨をたっぷり吸い込んだ大地 さらに追い討ちをかけるような豪雨が見舞った。
南阿蘇白川水系 南外輪山と阿蘇の山々に降った雨は 火山礫の急斜面を一気に下り
白川に注ぐ。 見る見る間に水かさが増し・・・・
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橋に溜まった流木  水圧に耐えかねて 橋は中央部で折損 通行止めが2箇所で・・・・

たてのでは土砂に埋まった家屋もあり 死者行方不明者がでている
一方 阿蘇の北側 内牧でも 増水した水が溢れ 家屋に入る。
坂梨地区では 22年前同様 大きな被害が発生したようだ。
新聞によると 阿蘇の死者は19名と記載されているが 行方のわからない人たちがいるので増えるかも?

偏西風の蛇行により 梅雨前線の位置が例年と異なる。  南海上から湿った空気が流れ込み 山に当たって雲が発生し雨となったようだ。
これ以上被害が広がらないことを祈るばかりだ・・・・合掌

by sen1949 | 2012-07-14 15:52 | 震災関連

石巻再訪

3月9日~14日 再び石巻を訪問する9日お昼少し前に熊本を発ち 10日11:30 石巻に入る
今回の支援先 牡鹿半島 福貴浜で荒波牡蠣復活委員会の委員長に会い 12日の打ち合わせ
そのご 同じく支援先の 湊公民館分館へ下見に行く。 こちらは11日の追悼記念パーティーに参加する。
 この日は 場所の確認と 活動内容の打ち合わせを行い 仙台のホテルへ・・・
夜の仙台は結構にぎわっている(復興バブルといわれる現象か?) しかし それはごく限られた所のようだ。
石巻の被災地を見ながら走ったが 確かに街の中は片付いたかに見えるが  海岸近くに行くと
瓦礫の山  廃車の山が至る所に散在する。
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3月11日 今日は各地で一周年の記念イベントがあり 取材も多いので 混雑を見越し 少し早めに出発する。 おかげで 予定より30分ほど早くつきそうなので 石巻の海岸近くを見て回った。
上記の写真のように 瓦礫の山があちこちに その分 津波に襲われた箇所は更地になっている。
定刻 湊公民館に到着  ラーメンパーティの準備にかかる 今日は240食の予定!
昨年おっ世話になった 現地スタッフに再会。
この公民館分館は 行政の手も入っていないし 地元住民もそのゆとりがないのか? 
ボランティアの有志が 改装し 何とか使えるところまでこぎつけているのが実情だ。
地元の集会にも使えるようになり この日は一周年の追悼式を行うとのこと。
私達は 参加者の方たちに暖かいラーメンを提供した。
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イベント終了後 昨年おとづれた黄金浜会館に行ってみた。
これから改修に入るらしく使用できない状況になっていた。
集会所の整備は 地域のコミュニティ形成に必要不可欠だ。
箱物だけではなく 地域住民の皆さんが一日も早く日常を取り戻せるように 祈るばかりだ。

そのご 女川へ向かった。
ビルの屋上の車はもうなかった。 建物も取り壊され 綺麗に更地になっていた。
町立病院の駐車場 いきなりサイレンが鳴り響いた  また何か起きた???
そうではなかった 時計は14:46  一斉に黙祷する  なぜか? 涙があふれてくる。
多分1分程度の黙祷が 長く長く感じられ その間 昨年の光景が次々現れた。
夕刻仙台のホテルへ・・・

12日 今日は 福貴浦? 鹿立浜??  雪の予報がはずれ 快晴だ!!
荒波牡蠣の漁師さんたちが待つ浜へ向かう!
仮設大畑団地   今日はここでラーメンを作る。
準備をしていると なにやら 大きなステンレスの枠が運ばれてきた。
それから コンテナ一杯の牡蠣。
準備をしているところへ 歌手の関島秀樹氏が到着 飛び入り大歓迎!!
テレビ局2社が取材に・・・
・・・・彼の歌を聞きながらラーメンを食べていただく・・・・
先ほどの大きな枠の中では 炭火で 牡蠣を焼いている。
途中から 牡蠣パーティに
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若手の漁師さんたちが準備してくださった 「牡蠣」 これは美味い 旨い ・・・・うまい。
これが荒波牡蠣! 
私も 復活委員会支援の牡蠣オーナーになっているが これは楽しみが増えた。

鹿立浜の海は本当に綺麗だ
だが 振り返ると そこは 津波に襲われた 集落の跡が無残な姿をさらしていた。










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この地域の漁師さんたちは 荒波牡蠣を復活させようと立ち上がり 復活委員会はそれを支援しています。
 詳細はこちら。。 http://www.aranami-kaki.com/   皆様ご協力をお願いいたします

13日 帰熊の日  午前中 仙台市内 青葉城跡  塩竃  松島と視察 お昼過ぎに高速に・・・
14日 10:50  3800kmのたびを無事終了。

今回の支援旅 昨年ほど悲壮感は感じられなかったものの  日の当たる所と そうでないところの差が著しく、また人の支援を待つ人と 自らリスクを負って立ち上がろうとする人の差も目に付いた。
しかし 私達は日常生活を享受しているが その隣町では 非日常の生活を強いられている。
原発被災の福島のニュースが多くなっているが 報道されない部分を目の当たりにして やはり自分の眼で見 自分の耳で聞き 肌で感じることの大切さを改めて感じさせられた。

遠く離れていて 何もできないと思う人
現地に行かなくてもできる支援はいくらでもある。
私達にできること それは 何時までも忘れないこと・・・・
そして 思いついたら行動に移すこと・・・・
そう 一歩踏み出さないと何も始まらない。

by sen1949 | 2012-04-01 14:44 | 震災関連

クッキー

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明日は 石巻に向けて熊本を発つ。
10ヶ月ぶりの被災地  どれほど回復しているのか?
仮設で暮らす子供達に と思って久しぶりにクッキーを作ったが 喜んでくれるだろうか?
陸路は長い高速だけでも1600kmある。 
途中休憩も入れると約20時間の行程だ。
宮城県は 雪の予報がでている  予備時間を見ておかないと・・・   

by sen1949 | 2012-03-09 00:07 | 震災関連

荒波牡蠣復活を支援しよう!

昨年3月11日 大地震とそれに伴う大津波 東北の太平洋側の人々の生活は一変しました。
私たちは 九州ラーメン党とともに 5月に現地(気仙沼 石巻)に入り 支援活動を開始。
帰熊後 次の支援に向けて準備をしました。 
9月には 九州ラーメン党が福島県いわき市の原発被災者の仮設住宅へ支援に入りました。
そして 今年3月9日から14日まで 再度石巻に行くことが決定!

しかし遠隔地であるため現地での支援には限度もあります。
それに 震災直後 数ヵ月後 1年後  2年後・・・と時系列で必要な支援も変化してきます。

この間 知り合った保育所に絵本を送くることも・・・
いろいろ情報収集の過程で 石巻の牡蠣養殖業者(荒波牡蠣復活委員会)の自立活動を知りました。
詳細は 下記  荒波牡蠣復活委員会 (フェイスブック)FaceBook をご覧ください。
荒波牡蠣復活委員会

震災発生以来義捐金や支援金といった募金活動がなされていますが 自分のだしたお金は何に使われたのでしょうか? はなはだ疑問?  私は 現地で直接支援のため この募金には一度も応募していません。
拠出金については 私は目に見える形で 目的がはっきりした使い方をされることを望んでいます。

ここに紹介するのは 養殖筏が流され  牡蠣加工場が全壊し 生活基盤を壊された地域のなかで
石森裕治さんという1人の被災漁師が立ち上がり 「荒波牡蠣復活委員会」を組織し 加工場の建設資金を集めようとしている話しを耳にしました。
私もこの活動を支援しようと 昨年12月牡蠣オーナー制度に参加しました。
補助や助けを待っているのではなく 自ら動き出す姿勢に感銘してのことです。
この動きのさなか 政府補助金の増額が決定し 必要資金も少し少なくなりました。
現在 一口1万円の牡蠣オーナーの応募は1200口ほどだそうです。
後2000口ほど集まれば 牡蠣加工場が再生できます。
牡蠣オーナー制度の話がテレビで放映された直後は 参加者が急増しましたが 最近はそのペースが鈍くなっています。
皆様の協力をお願いいたします。

☆詳細のお問い合わせは ishimori@m-corp.co.jp
   
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by sen1949 | 2012-02-09 10:43 | 震災関連

震災被災者の声

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瓦礫の間を行く老婆
「早く逃げてくださーーい」
 叫びながら 
津波にのまれた女性
おかげで私は命拾いした

   南三陸被災地にて



津波が我家にやってきた
二階に押し上げられたとき
   母の手が離れた
暗闇の水中を
    必死に探す
見つからない
  やがて夜が明け
         潮が引く
冷たくなった母がいた

  石巻渡波の被災者の声より




☆被災者の声石巻渡波黄金浜地区

by sen1949 | 2011-06-11 13:13 | 震災関連

震災考

☆被災者の声石巻渡波黄金浜地区






車の誘導をする男
  あの車は 私の・・・・・
指さす先は ビルの屋上
  津波に押し上げられた
十八メートルも・・・・・

 牡鹿郡女川町立病院にて


  二階の窓から

ライトを振りながら 叫ぶ人
樹木に架かった 子供がいる
津波が渦巻く
暗闇に消えた

  石巻市渡波被災者の声より


なぜここに お船があるの
船って海に浮かんでいるよね
何が起きたのかわからない少女
うつろは母に 手を引かれていた

  東松島市農村にて


  車の墓場

海岸に通じる道端に
千七百台もの車が整然と並んでいた
津波に殺された車たち
持ち主からも 見放され
寂しそうに 待っていた。

  東松島廃車集積場にて



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by sen1949 | 2011-06-11 13:02 | 震災関連

地震の爪あと

私は 支援の旅 最終日に 地震の爪あとを見た。
5月21日 被災地に踏み込んだ私の目に入ったのは 大津波の爪あとばかり・・・
あの巨大地震でありながら 地震で倒壊したのもはほとんど見当たらない。
いや倒壊したが 津波にさらわれたのかもしれないのだが・・・
日程の最終日 予定していた支援活動は前日までに完了していたので まだ見ぬ 被災地視察を行った。
仙台から 塩釜 松島 東松島を6時間かけて回った。
仙台市内では大きな損傷は見られなかったが 東北大学のキャンパスを通り青葉城跡に向かった
伊達政宗候の銅像の近くにある 巨大な塔の最上部から翼の部分が崩落していた。
 また城跡のいたるところで 崩落が目立つ
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塩釜港に向かう
中央埠頭の南側に入った  液状化が起きたのか?  アスファルトの部分が波打ちうねっている。
護岸のコンクリート部分との落差が激しい。
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2m以上の落差が生じていた
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次に向かったのは 風光明媚な松島海岸
遊覧船の発着岸壁  約10cmほどのずれが見られた。
観光地として復興するのはいつの日か?
宮城県復興の一翼を担う地域なのだが・・ 「早く元気になってください
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東松島市 
津波に襲われた農地 取り残された漁船!  稲が実るのは果たして何時に・・・・
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津波にえぐられた鉄道 復旧する日が来るのだろうか?
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流失は免れたが 全壊に近い状態に  この家の道路を挟んで向かい側は 新築でまだ入居していなかった様子だが 建物は無残な姿に!
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東松島の 車の墓場を最後に 熊本に向けて走り出すが まだまだ非日常の世界から抜け出せない。
ハンドルを握りながら会話がと切れると
悪夢のような まるで地獄絵を見るような光景が脳裏に浮かび 自然と涙がにじむ・・
このような状態で車を走らせるのは危険なのだが・・・
やっと 心にゆとりを取り戻させてくれたのはSAのバラの花だった。
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私は彼らの心情を理解しようと勤めたが おそらく 何も理解できていないのかもしれない。
私は どんなに厳しい環境におかれても 阿蘇に帰れば 日常の生活が待っている。
しかし 彼らにはその日常の生活は何時戻るのか見通しさえたっていないのだから・・・・


瓦礫の間を行く老婆
「早く逃げてくださーーい」
 叫びながら 
津波にのまれた女性
おかげで私は命拾いした

   南三陸被災地にて



津波が家にやってきた
二階に押し上げられたとき
   母の手が離れた
暗闇の水中を
    必死に探す
見つからない
  やがて夜が明け
         潮が引く
冷たくなった母がいた

石巻渡波の被災者の声より



by sen1949 | 2011-06-05 09:56 | 震災関連

車の墓場

東松島(車の墓場)
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ここは 東松島市 大津波が襲った所!
市街地と 海岸のほぼ中間だ。  海岸を見るつもりで車を走らせていたとき 目に飛び込んできた光景だ。
私は目を疑った。  ぼろぼろになった車が整然と並んでいる。
小さな仮説事務所に行き 担当の女性に事情を聴いた。
「ここは 津波で破損した車を集めて管理している所です」  
「現在1700台ありますが まだまだ一部に過ぎません」  「これからもっとたくさん運んでこられます」
ここに集めているのは 持ち主確認のためだそうだ。  
ナンバープレートがあり 車台ナンバーも確認できる。 持ち主の同意が無いと処分できないという。
現在確認ができた車両は 約200台。。。  これから気の遠くなるような作業が待っている。

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破損した車が次々運び込まれ  確認されれば運び出されて処分場へ・・・
まさに 車の墓場だ。
すでに持ち主のいなくなった車も多いかもしれない。
女川の 仮埋葬現場を思い出した。  人も 車も・・・・ こんなことが・・・
一瞬で日常を破壊し 無残な姿に変えた 大津波!  私たちの生活のあり方を再度考えさせられる事象なのかも?

by sen1949 | 2011-06-05 09:25 | 震災関連

震災支援活動報告会

震災支援活動報告会会場


by sen1949 | 2011-06-05 08:49 | 震災関連